妄想は永遠の正義

ドラマやアニメの感想記事をメインに、雑多なことを書き綴っています。

今夜9時放送の「陸王」に、群馬県前橋市が登場します!

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みなさん、こんにちは。
「妄想は永遠の正義」のオーナー御園そら(@sky_high1466)です。

 

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私の地元の群馬県は「未開の地・グンマー」とネットで揶揄されるんですが、

近ごろは嬉しいことに、近代化が徐々に進んできました。

 

2015年にはNHK大河ドラマの「花燃ゆ」、

そして今年はTBS日曜劇場の「陸王」で県庁所在地の前橋が取り上げられました。

 

トップに置いた前橋駅の写真は、

有名な写真素材サイトの「ぱくたそ」からお借りしたものですが、

なんと群馬のユーチューバーが提供したものなんです。

 

gunma-yoijanee.org

 

運営サイトの「群馬よいじゃねえ」とは素敵な名前ですね。

もう完璧に地元愛に溢れています。

 

www.pakutaso.com

 

「群馬よいじゃねえ」さんが「ぱくたそ」に提供した写真は、

前橋駅の写真のほかに八ツ場ダムなどの写真もありました。

 

よくよく考えると、群馬県は本州のほぼ中心に位置しので、

注目されるのは当たり前なのかも知れません。

 

 

陸王の前橋ロケがついに放送!

 

私は2週間ほど前に、

大人気ドラマの「陸王」が前橋ロケを行った話を書いたのですが、

今日はついに本編でそのシーンが流れるんですよ!

 

 

あの日の前橋は、

町中がフィーバーして鍋をひっくり返したような騒ぎでしたね。

 

 

写真を見るとかなり良い感じです。

今夜はみんな、お茶の間に釘付けではないでしょうか。

 

「陸王」を第1話から見ている方も、

途中参戦する方も、

今夜はTBSにチャンネルロックして、

ぜひ見てくださいね。

 

もともと前橋でドラマロケはよくやっていましたが、

エキストラを大量に募集する撮影は初めてでした。

 

当初は5000人ということだったんですが、

「陸王」には竹内涼真さんや山崎賢人さんをはじめ、

人気のある俳優さんが多数出ているので、

いつもは静かな群馬県庁前に7000人が詰め掛けました。

 

県外から来られた方もいましたし、

早朝の4時台からスタンバイしていた方もいたそうです。

 

「陸王」は私も大好きですが、

他の視聴者のみなさんにとっても、大人気の作品なんですね。

 

前橋が大好きな理由

 

私は生粋の群馬県人で他県に住んだこともありませんが、

出身はこの県庁所在地の前橋であります。

 

 

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★群馬県庁近くにあるグリーンドームまえばし

(競輪・イベントの複合施設です)

 

前橋は群馬県の県庁所在地で人口は約34万人です。

春と秋は穏やかな気候ですが、夏と冬はたいへん過ごしにくいです。

 

7~8月は40度近い猛暑、

11~2月は群馬名物の「からっ風」が吹くため、体調を崩す人も多くいます。

 

ゆうべも「からっ風」は前橋じゅうを吹き荒れていたんですが、

その風速は7メートル以上もあって、まるで台風のようでした。

 

時期が時期なので、

花粉症やインフルエンザが心配になりました。

 

しかし前橋は医療都市として全国的に知られ、

前橋赤十字病院には「コードブルー」に登場したドクターヘリがあります。

 

私はそんな前橋で51年前に産声をあげました。

4人姉妹の末っ子で、両親は男の子を強く望んでいたそうです。

 

そのため、父は男の子の名前しか考えていなくて、

出産祝いにかけつけた父の友人が名付け親になったといいます。

 

当時の我が家は絵に描いたような貧乏で、

持ち家がないため、叔母が経営する酒屋さんに居候していました。

 

そんなステキなところで生まれた私ですが、

大人になってからは何故か下戸で、ビール一口で目を回す人です。

 

4歳のとき、父の仕事の関係で隣接する高崎市に引っ越したのですが、

大げさに言うと、そこで運命が変わってしまいました。

 

学校でひどいいじめにあったんですよ。

 

登校するのが本当に嫌で、学校に行った振りをして、

川や田んぼで遊んでいたこともありました。

 

高崎というと洗練された街というイメージがありますが、

私が当時住んでいたところは、何もない田舎だったんです。

 

親戚は酒屋の叔母をはじめ、ほとんどが前橋にいました。

 

両親にはたくさんの兄弟姉妹がいたので、

お正月だけはお年玉でちょっとリッチになることができました。

 

その親戚の中で私が大好きだったのは、

血のつながっていない母方の祖母(祖父の後妻)と、

たくさんいるイトコたちでした。

 

祖母は私が遊びに行くと必ずお小遣いを与えてくれて、

「近所の駄菓子屋さんでおやつを買っておいで」と言ったのです。

 

祖母の家は、祖父が社長となって製糸業の会社をやっていました。

 

私が幼い頃は従業員が30人くらいでしたが、

子供にお小遣いを与えるくらいはできたんです。

 

私はいわゆる「おばあちゃん子」で、彼女に甘えっぱなしでした。

 

大勢いたイトコたちも野球を教えてくれたり、

一緒にトランプをして遊んでくれたので、

私は両親が「前橋に用事があるから行くよ」と言うと、

その前の日から嬉しくなって、出かける支度をしていました。

 

高崎で理不尽にいじめられていたので、

前橋は私にとって、本当に癒しの場所でした。

 

だから高崎に帰るときは、いつもいつも大泣きしたものです。

 

私があんまり泣くので両親は困ってしまいましたが、

それほど前橋は私にとって、居心地の良い場所だったんです。

 

そんな私が再び前橋市民になったのは18歳の時ですが、

父が仕事に失敗したために、住居を手放すことになったからなんですよ。

 

大好きな前橋にようやく戻ってきましたが、

3年後に結婚した私は、高崎にいたとき以上の困難と直面しました。

 

でも、一歩も逃げませんでした。

 

正確に言うと「逃げる場所がなかった」ということなんですが、

私は前橋という土地そのものが本当に好きなので、

経済的・心理的にたいへんでもがんばれたのかも知れません。

 

それは【自分のルーツとなる場所】にいるからなんでしょうね。

 

また前橋の街としてのイメージが、あまり華やかではなく、

「地味で素朴」というところに共感するんですよ。

 

リアルの私にも華やかさというのは、ほとんどありませんから。

 

私もけっこういい年になってしまいましたが、

おそらくは老後も前橋で過ごすのではないかと思っています。

 

いえ、本音としては【前橋以外の街には住みたくない】ですね。

 

何もない前橋なんですが、

その何もないところが魅力だと感じています。

 

ニューイヤー駅伝はお正月の風物詩

 

1月2日と3日に行われる「箱根駅伝」を知っている人は多くいますが、

元旦の「ニューイヤー駅伝」は意外と知られていません。

 

正式名称は『全日本実業団対抗駅伝競争大会』という長い名前なのですが、

開催日がお正月であるため、

「ニューイヤー駅伝」と呼ばれるようになりました。

 

「陸王」では今夜放送の第5話と、

来週放送の第6話でレースシーンが取り上げられるので、

今後はもっと注目されそうな予感がします。

 

「ニューイヤー駅伝」の歴史は意外と古く、

第1回の開催は1957(昭和32)年でした。

 

ところが最初の場所は群馬県ではなく三重県で、

1985(昭和60)年まで続けられました。

 

しかも「2月・3月・12月」と、

お正月とはぜんぜん関係ない月に行われていたんです。

 

1986(昭和61)年は三重県から滋賀県に舞台が変わり、

翌年の未開催をはさんで、

1988(昭和63)年から現在の方式になりました。

 

これには当時の群馬県知事である清水一郎さんが関わっており、

県都・前橋と周辺市町村の発展を促すために、

駅伝競走を誘致したといわれています。

 

なぜ元旦の開催になったのかは不明ですが、

「箱根駅伝」が1月2日と3日に行われるため、

それに倣ったような気がしますね。

 

また「ニューイヤー駅伝」は実業団の対抗レースであるため、

「箱根駅伝」で大活躍したスター選手たちが、

そのまま参加していることが多いんですよ。

 

スタートは群馬県庁前で、号砲は群馬県知事が行います。

競技時間は午前9時から午後2時半くらいまでです。

 

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各中継所ではその街の市長さんが登場し、

選手にエールを贈ったり、観客に食べ物を振舞ったりします。

 

最近ではご当地のゆるキャラもいたりして、とても楽しいですよ。

 

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★群馬県の「ぐんまちゃん」と前橋市の「ころとん」

 

 

ニューイヤー駅伝の過去の戦績を見ると、

サランラップの旭化成や、

カレールーのエスビー食品が強かった時代がありましたが、

最近ではトヨタ自動車やカメラメーカーのコニカミノルタが強いですね。

 

エスビー食品はDeNAになった

 

余談ですが、エスビー食品は現在【横浜DeNAランニングクラブ】となり、

野球のベイスターズと事務所が一緒になっています。

 

エスビー食品陸上部は、1954年に創部以来、

2012年までオリンピックをはじめとする国際大会の代表選手を輩出。

 

マラソンでは瀬古利彦が国際大会において優れた成績を収め、

実業団初の外国人ランナーとなるダグラス・ワキウリが、

ソウルオリンピック男子マラソンにて銀メダルを獲得した。

 

駅伝では全日本実業団対抗駅伝競走大会において、

1984年(昭和59年)第29回大会から4連覇を達成した他、

準優勝3度を飾る等強豪として知られる。

 

しかし、90年代以降は瀬古の現役時代のライバルであった、

宗茂・宗猛兄弟率いる旭化成の前に1度も優勝することが出来ず、

2000年の第44回全日本実業団対抗駅伝競走大会では、

9位と入賞すら逃したのを最後に、

駅伝中心の練習からマラソンや長距離種目で、

世界大会を目指す方針に変え、

翌2001年以降は駅伝から撤退していた。

 

2012年8月31日、エスビー本社が記者会見を開いて

『2013年3月末日を以て陸上競技部を廃部し、

59年間の歴史に終止符を打つ』ことを発表したが、

翌年1月6日、ソーシャルゲーム大手のDeNAが、

エスビー食品陸上部を受け入れることが分かった。

 

スポーツ推進局長を務める瀬古と、

竹澤健介を除く所属する選手ら全員が同社へ移籍した。

瀬古も2013年4月1日より、DeNA陸上競技部の監督に転身している。

 

(ウィキペディアより引用)

 

エスビー食品 - Wikipedia

 

 

私は野球のベイスターズのファンなので、

駅伝のほうでもDeNAにはがんばってほしいですね。

 

来年は両方で優勝というのもあるのでしょうか?

 

陸王のドラマでモデルとなったチームと選手は?

 

「陸王」のダイワ食品やアジア工業には、

正式なモデルがないと言われていますが、

私はエスビー食品と旭化成ではないかと思っています。

 

それは竹内涼真さん演じる茂木裕人が、

瀬古利彦さんをモデルにしているのではないかという噂があるからです。

 

でも、劇中の茂木裕人はかつて野球をやっていたという設定なので、

瀬古利彦さんよりも彼の後輩の渡辺康幸さんがモデルかも知れません。

 

渡辺康幸さんも足の故障でたいへんご苦労なさった方で、

「ニューイヤー駅伝」でも活躍しました。

 

彼は引退後に母校の早稲田大学陸上部の監督となり、

2011年の箱根駅伝ではみごとに優勝しています。

 

 

もし「陸王」の茂木裕人のモデルが渡辺康幸さんなら、

彼が指導者となって活躍するシーンも見られるかも知れませんね。

 

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つたない文章を最後までお読みいただき、
ありがとうございます。
では、また次の記事でお会いいたしましょう。